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「Crusader Kings III」開発日記#67――マップの視点

CK3 開発日記

「Crusader Kings III」開発日記#67が公開されていましたので、その内容をご紹介。今回は文化とマップの調整について。「Royal Court」リリース前の開発日記です。

前回:開発日記#66――新たな装い


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開発日記

開発日記#67は、文化とマップの調整について。

  • 今日は文化の設定について私たちがやっていることと、小規模なマップの調整について。
  • これまでの文化に関する作業のほとんどは当然ながら文化の見直しそれ自体に関するものだったが、特にインドに関する一般的な改善も行ってきた。

  • 南ヨーロッパの小さな文化の追加から始めよう。私たちはCK2ファンの間で人気のあるCarantanian文化を追加した。この文化はゲーム開始時にはバイエルン南東部の大部分を占めている。
  • 史実の点から言うと、この文化は西スラブ文化が起源だが、カルパチア盆地の同胞から切り離されたことで徐々に南スラブ文化に近づいた。私たちはこれをCarantanian文化が西スラブの系統(heritage)を持ちながら南スラブの言語を話すことで表現している。

インド文化の変更

  • 文化の見直しはインドの文化を見直すいい機会となった。現在のインドの設定はCK2から引き継いだもので、いくつかの点でこの時代に適していない。インド亜大陸の多様性をよりよく反映させるため、2つの新しい文化を追加し、古い文化を少し変更し、文化の枝分かれに備えて多くの文化名候補を追加した。
  • 第一に、Hindustani文化を廃止し、南部を2つの新たな文化に分けた。Hindustani文化の中核部分はガンジス河流域をカバーしているが、Hindustani文化は現在ではKannauji文化という呼称になった。これは帝都Kannauj(Kanyakubja)からとっている。Hindustani文化自体はIranian文化やTurkic文化と北インドの文化との混合文化の名称候補として残っている。

  • インド中央部ではこれまでHindustani文化・Marathi文化・Oriya文化だった地域からGond文化が分かれた。1066年にはGond文化のほとんどの伯爵領はCedi王国の支配下にあり、こうした伯爵領の多くは部族制で始まる。この文化は複数の文化と接するがそのどれにも属さないという、以前の設定からは外れた地域をカバーしている。

  • マールワー高原と以前はHindustani文化とされていた隣接地域の一部をカバーしているのがMalvi文化だ。この新しい文化はRajasthani文化・Gujarati文化とGurjar Apabhramsaという言語を共有している。既存のRajput文化はRajasthani文化に改称(文化的差異としてのRajputはゲームの開始年代に合わないため)し、Assamese文化はKamrupi文化となった。

インドの歴史と称号の改善

  • インド亜大陸を見渡すと、一部の地域では称号の設定がCK3の開始年代である中世ではなく近世のものであることも明らかになった。多くの男爵領が改名され、新たな伯爵領に再編成され、特に1066年スタートについては多くの新たな封臣がスクリプトされた。
  • 1066年に誰が何を支配していたかというスタート時の前提も史実に合わせて見直され、より興味深い開始年とした。独立領主・封臣どちらにもより多くの初期キャラクターが登場し、ほとんどの王は領地上限を超えた状態でスタートすることはなくなった。
  • Chola帝国の危機のようなこともこの初期設定ではもう少しよく表現されているはずだ。Pandyaの封臣は強力でいくらか手に余るものになり、Lankanの反乱はずっと強大なものになり、Chera Rajaは独立している(史実の封臣が彼を支持している)。また、将来の王であるKulottungaとしてプレイできるようにもなった。
  • その他、Kashmiri文化やTelugu文化などの文化の範囲を見直したり、インド亜大陸の東部から中部に複数の部族制の伯爵領を割り当てたりといった小規模な変更も行った。

次回:開発日記#68――ひらめきは死なず

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