「Crusader Kings II」プレイリポート:ブリタニア帝国建国記 第24回

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「Crusader Kings II」プレイリポート:ブリタニア帝国建国記 第24回も、前回に引き続きGodwyn5世の孫Godwyn6世の治世。ブリタニア帝国創設まであと6州、ブリタニア帝国のde jure領域平定まではあと19州です。

前回:ブリタニア帝国建国記 第23回

2015/11/5 カテゴリーを変更。

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Albany公爵領制圧

Focla(Athfhotla)

前回に引き続き、Albany公爵領の平定を続けていきます。まずMhannin小王Fedach2世の所領Athfhotlaをいただくとしましょう。

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1169年6月、Mhannin小王Fedach2世に対して宣戦布告。1170年7月、勝利してAthfhotla改めFoclaを獲得。

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Focla伯爵には、甥のMihangelを任命します。そして、ここで封臣上限を超過してしまいました。このままいくと代替わりの際にBrythoniadの支配から離脱してしまう封臣が出てしまいますが、とりあえず放置。

Ystrad Iwerddon

戦勝とほぼ同時にYstrad Iwerddon伯爵領に対する請求権を捏造することに成功。さっそく引き渡してもらいます。

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新たなYstrad Iwerddon伯爵として、Bleddynを封じます。Bleddynは、先代Godwyn5世の妹Gwenの孫にあたります。

私兵集団の襲撃

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1174年6月、Brythoniad王国はふたつの私兵集団に同時に襲撃されるという非常事態に見舞われます。ひとつはGododdin公爵の庶子Clydog、もうひとつはかつて滅ぼした、Skotland王にしてブリテン島最後のゲルマン人領主の孫Sveinn。

Brythoniadがいくら大国と言っても、けっこうなピンチ……かと思いきや、Clydogの私兵は1万、Sveinnの私兵はわずか2,700。国王直轄軍2万の前には、なんてことはない数です。

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Deheubarth公爵領に上陸したClydogを攻撃したところ、一戦目であっさり捕縛することに成功。歯ごたえがないにもほどがあります。

さて、次はGododdin公爵領に上陸したSveinnですが、兵力的に常備軍のみでも対応できるので、軍を解散して常備軍だけで向かうことにします。

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さあ早く終わらせようと思ったところで、敵の増援が上陸。さらに増援を上陸させてこようとします。

どうやら2,700というのは、国王軍を各個撃破するために釣り出す策略だったようです!(後続が遅かっただけだと思いますが……)

こちらもGwyneddからの徴兵軍5,000を増援に差し向けます。

結局Sveinnの軍は8,000まで膨れ上がりました。あのまま常備軍のみで当たっていれば、負けはしなかったでしょうが、相当は被害が出ていたかもしれません。

そして敵主力8,000を撃破した後、さらに小兵力が二度上陸しますが、これらを撃破して遂にSveinnを捕縛。

Clydog、Sveinnの両名を追放して金1,000を獲得します。初めは心配でしたが、終わってみれば大量の資金を落としていってくれるありがたい人たちでした。

ブリテン島最北端とマン島

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1175年10月、Gwrturio小王とブリテン島最北端Caitの領主が戦争状態に。我がGwynedd家の係累にCaitの請求権を持っている者がいたため、参戦することにします。取れたらラッキーくらいの感じですが……。

と思ったら、11月にはCait領主がGwrturio小王に降伏して終戦。肩透かしを喰らいました。

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「なんだよ、無駄骨か」と思っていると、どうやらMhannin小王Fedach2世の戦争がようやく終わった様子。即座にManaw公爵位を剥奪し、マン島領主としていた弟Drystanに与えます。

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1176年2月、以前から封臣化することはできたのですが、このタイミングでGwrturio小王に対して封臣化を打診してみると、「あなたの臣下としてがんばります」との返事。これで一気に1公爵領を制圧し、残るはGowrieの地のみ。しかもGowrieは請求権も捏造済みです(停戦協定の期限切れ待ち)。

またGwrturio公爵領東端のCaiに対する請求権も捏造済みなので、さっそくGwynedd家の人間に領主をすげ替えます。

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Gwrturio公爵もCai女伯爵(未成年の少女でした)も要求を承諾し、無事にCai伯爵を交代させることに成功。先代Godwyn5世の弟の孫Ednywainを任命します。

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と、ここまできたところで、Godwyn6世がいろんな領地の相続権を持っていることに気づきます。Gododdin女公爵はまだ子供がいないだけですが、Gwrturio公爵は……?

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調べてみると、Gwrturio公爵には男子がおらず、しかもGwrturio公爵位は男子相続。というわけで、どうやら主君のGodwyn6世に相続権が回ってきているようです。

……ということは、Gwrturio公爵がもし「事故」で亡くなってしまった場合、領地総取りということになるわけです。

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そして現在、「事故」が起こってしまいそうな状況にあります。恐ろしいことです。

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1179年3月、Gwrturio公爵は肥料の爆発「事故」に巻き込まれて亡くなりますが、肥料を提供した農民がGodwyn6世の名前を漏らしてしまい、暗殺計画が露見してしまいました。が、王の力と名声の前には、暗殺者の汚名などゴミのようなものです。

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獲得したGwrturioには、叔母の婿Gwrgeneuを。

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Mercia公爵家の出であるGwenwynwynをそれぞれ封じます。

ブリテン島統一と皇帝即位

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1179年6月、ブリテン島最後の州となったGowrieの獲得のため、Gowrie伯爵Enuidaigに対して宣戦布告。同年12月、勝利してGowrie改めCaer Cinnを獲得。

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Caer Cinn伯爵、そして新たに創設したAlban公爵には、Derby伯爵家出身のRhufonを任命。そして……

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1179年12月23日、Prydain(ブリタニア)皇帝位を創設。Prydainというのは、ウェールズ語で「ブリテン島」を指す言葉です。

我がGwynedd家はブリテン島からゲルマン人どもを追い払い、遂に全ブリテンの覇者となったのです! そして、この日は偉大なるPrydain帝国成立の日として、永遠に記憶されることになるでしょう!

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封臣上限にも余裕ができたため、中央集権体制にシフト。同時に一旦は手放した男爵領を再度確保します。皇帝に相応しい兵力をつけなければなりません。

York公爵の犯罪とブリテン史上最大の会戦

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1180年12月、York公爵がLloegyr(イングランド)王位への請求権を捏造しようとしているとの知らせが入り、York公爵を拘束しようとしますが失敗。反乱を起こされます。

しかし、一公爵の兵力では、皇帝の常備軍にも及びません。主君たるPrydain皇帝とその代官たる公爵とでは、もはやどうにもならない力の差があるのです。

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と思ってのんびりYork公爵領を包囲していると、1182年2月、いとこのEdnyfedが私兵を引き連れて宣戦布告してきました。その数29,000。今までの相手とは兵力が段違いです。

York公爵に勝利してまもなく、全直轄軍をもってEdnyfed討伐に向かいます。まず分派されていた9,000を撃破し、その後Alt Cultを包囲していた本隊13,000と激突。

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1182年5月、ブリテン戦史上最大の決戦がAlt CultはBrigffroenの地で行われ、Prydain軍は損害700に対して敵主力13,000は全滅という、歴史的大勝利を収めました。カンナエの戦いと並んで、末長く教科書に残ることでしょう。

その後、残る7,000を全滅させ、Ednyfedの野望は打ち砕かれました。


というところで今回はここまで。遂に当初の目標のひとつ、Britannia皇帝位創設を達成することができました。次回も引き続きGodwyn5世の孫Godwyn6世の治世です。

次回:ブリタニア帝国建国記 第25回