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「GearCity」プレイ日記:日本縛りプレイ 第10回

GearCity

欧米進出を縛った1900年日本スタートで第一次世界大戦後まで生き残るプレイの第10回。今回は第一次世界大戦への対応から。

前回:日本縛りプレイ 第9回


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前回の振り返り

前回は国内外の新たな競合が次々と日本市場に参入し、1914年8月に第一次世界大戦が始まったところまででした。今回はこの第一次世界大戦への対応から。

状況確認(1914年8月)

前回少し触れましたが、第一次大戦によって日本は「小規模な軍事衝突」状態となり、生産も需要も半減します。これによって収支は一気に悪化し、10万ドル/月の資金流出状態となってしまいました。手許現金は100万ドル程度なので10か月で資金ショートする見込みですが、第一次大戦は1918年11月まで続くので51か月耐えなければなりません。現状の収支のままとするなら500万ドル以上の現金を確保する必要があります。

正直なところ、この現金収支の悪さを一気に改善する手段は私には思いつきません。生産を止めても最低限の工場費用はかかりますし、収支はむしろ悪化します。

大型社債の起債(1914年8月)

こうなったらもはやお金を借り入れるしか手段はありません。幸い、現在は無借金経営状態なので、かなり多額の資金を借り入れる余裕があります。社債を発行して第一次大戦を乗り切る運転資金を獲得しましょう。

1920年満期とすると利率3.5%で480万ドルの社債を発行できそうなので、社債を発行します。これで手許現金は580万ドル。何事もなければ戦争終結まで生き延びることはできるでしょう。

3代目セダンの設計(1914年12月)

いつものように3代目セダンを設計。日本の平均年収はまだ155ドルと、スライダーを上げられる水準ではありませんが、着実に推定材料費は低下してきています。

工場建設の遅れ(1915年2月)

2代目高級セダンと新型のスポーツカーが完成しましたが、スポーツカーを生産するはずの仙台工場は建設に遅れが出ています。これは日本が「小規模な軍事衝突」状態にあるためです。戦争が始まった1914年8月には残り建設期間は6か月だったはずで、本来の完成予定月にまだ2か月残っているということは、33%分建設期間が延びていることになります。

新車両開発と工場(1915年2月)

2代目高級セダンとスポーツカーが完成したので次の車両開発に移りますが、工場の新規建設が大幅に遅れるとなるとこれまでのように新車両開発に合わせて工場を新設というわけにはいきません。

そこで今回使うのが工場のアップグレードです。

アップグレードでは工場の建設や再設計に比べて短期間で生産ラインを大きくすることができますが、費用は安くはなく、また1回アップグレードするごとにアップグレード費用が3倍ほどに跳ね上がっていきます。

思い返すとこれまでもアップグレードで済む場面がいくつかあった(無理して広島や仙台に工場を建設する場面など)のですが、バージョンRC2までは工場を再設計してもアップグレード費用が下がらなかったので使う機会がほぼなく、すっかり忘れていました……。現行のRC3では再設計でアップグレード費用が元に戻るようになっています。

今回は東京工場を小規模アップグレードして新車両の生産ラインを確保することにしますが、実際にアップグレードするのは新車両設計完了月とアップグレード完了月が揃うタイミングです。小規模アップグレードでは1ラインしか増えませんが、2か月で工事が完了します(これは戦争中でも延びることはなさそうです)ので、新車両設計が完了する年の前年の12月にアップグレードを行います

新規開発するのは車両タイプの人気からシューティングブレークに決定。コンポーネントは現行のもので問題ないので、12月から設計を開始します。2年後に生産終了予定の初代クーペの後継車両も同様。

競争の激化(1915年2月)

戦争中ではありますが、日本市場にはさらにBurnt All(おそらくAuburnのもじり)という海外企業が参入。ますます競争が熾烈になってきました。

このあたりでマーケティング費用をさらに増やして対抗しましょう。左右の矢印を使って(1クリックで5%増減)今回は全世界のマーケティング予算を15%の位置に設定

過剰生産への対応(1915年10月)

スポーツカーの売れ行きが芳しくありません。4社が参入して競争の激しい車両タイプということもありますが、一番の原因はタイプの評価が低いことにあります。しかし作ってしまったものは仕方がありません。新たに開発し直しても大きく結果は変わらないでしょうし、現行の車両を売っていきますが、既に製造コストギリギリの価格で販売しており、おそらく販売コストも含めると赤字状態というところまで価格は下がっています。これまでのように値下げでの対応はできません。

生産と販売の状況見ると、既に月の販売台数以上の在庫を抱えており、さらに生産台数も販売台数に対して多すぎる状況です。こういった場合は第一にもっと生産台数の少ない生産ライン(例えば上の画像で高級セダンを生産しているラインなど)に切り替えますが、今回はそれでもまだ販売台数に近い水準まで生産台数が下がりません。

そうした場合は、生産ラインを他の売れ行き好調な車両に振り替えて在庫を消化するのがいい方法です。今回であればセダンかフェートンですが、製造コストと販売価格の差や、セダンは来年に車両の更新があることを考えると、セダンよりフェートンがよさそうです。

フェートンは製造コスト617ドルに対して販売価格900ドルだったので、850ドルに値下げして増える在庫を消化していってもらうことにします

翌月、フェートンの在庫が捌けすぎていますが、とにかくスポーツカーの在庫のダブつきは解消できました。このままでは今度はスポーツカーが不足してしまうので、フェートンに振り替えていたスポーツカーの生産ラインを戻し、またスポーツカーの生産を始めます。またすぐに在庫が増えるのが見えていますが、今回と同じようにしてうまく在庫を管理してやれば問題ありません。

なお、生産ラインを止めたり生産速度を落とすのは基本的には損失なので、よほど切羽詰まった状況でない限りやるべきではないように個人的には思っています。工場は生産可能な最大量を生産しているときが常にもっとも製品単価が安くなるので、よほどの事情がない限りは生産可能な最大量を生産するべきです(とはいえ、世界恐慌時などではその「よほどの事情」が起こったりすることもあるでしょう……)。

1915年の車両設計(1915年12月)

1915年は2代目クーペと新車両シューティングブレークを設計

1916年のコンポーネント開発(1916年2月)

ギアボックスが設計完了から6年超となっていたため、新型を開発。スライダー位置は変更なし。

業績の回復(1916年9月)

1916年に入ると急速に販売台数が伸びてくるのが体感できるようになります。1914年12月の155ドルから2年しないうちに日本の平均年収は165ドルまで上昇し、大戦景気ということなのか堅調な経済成長を続けていきます。

そんな中、当社も毎月膨大な資金を流出させていたのが1916年9月には現金収支がプラス転換。継続的なものではありませんでしたが、着実に需要の高まりを感じられます。

1916年の車両設計(1916年12月)

1916年は3代目ツーリングカーを設計。評価が低いのでそろそろスライダーを上げたいところですが、顧客の所得階層を裕福からひとつ下の「上流」にしても推定材料費は420ドルまでしか下がらず……。

現在の日本の平均年収は166ドル。第3回で詳しく書いたように、平均年収の5倍が「裕福」と「上流」のボーダーラインなので、推定材料費があと2ドル下がればこの枠組みでもスライダーを動かせるようになるのですが……(とはいえ、これは考え方の枠組みに過ぎないので、問題なく売れる価格にできるなら少しスライダーを動かして評価を高めたほうがおそらくいい結果につながるということもあるでしょう)。

工場のアップグレード(1916年12月)

来年2月に設計が完了するシューティングブレーク生産のため、忘れずに東京工場のアップグレードを行っておきます。アップグレード費用は工場を建設するのと同じくらいかかりますが、この78万ドル以上の建設費が2か月で支出されるので、アップグレード時は資金繰りに注意しましょう。


次回は第一次世界大戦の後半から。次回で最終回の予定です。

次回:日本縛りプレイ 第11回(最終回)

コメント

  1. やっぱり戦争あるとビジネスは厳しいですね~

    日本の平均所得が増えないのも厳しいですね

    思ったより日本市場プレイは難しそうですねw

    社債発行したり工場のライン変更したりと経営者の手腕が光る回でしたね

    最終回?はどうなるのか楽しみです

    • ご覧いただきありがとうございます。
      これまでで思ったように進まず説明しきれなかった部分もあるので、最終回ではそのあたりもまとめてご紹介する予定です。

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