「Stellaris」の新DLC「The Machine Age」発売は5月7日!

「Europa Universalis IV」開発日記2019年6月18日

EU4 開発日記

「Europa Universalis IV」開発日記2019年6月18日分が公開されましたので、その内容をご紹介。今回はバルカン半島とオーストリアのマップについて。

前回:開発日記2019年6月11日


スポンサーリンク

概要

開発日記2019年6月18日分は、バルカン半島とオーストリアのマップについて。ヨーロッパに関するアップデートのマップ変更は今回で最後とのこと。

バルカン半島

  • ギリシャとブルガリアについてはプロヴィンスの密度が大きく高まっているが、オスマン帝国に実質的な開発度ブーストを入れないように注意を払った。現在の開発度で充分強力だと感じており、さらにアドバンテージを付与するのはプレイヤーの体験を損なう。
  • 私たちはブルガリアエリアを2つに分け、ブルガリアの大半をブルガリアエリアに残す一方で、東側を新しくSilistriaエリアとした。
  • ブルガリアには3つのプロヴィンスを追加した。Silistreを分割したTolcuはオスマンとモルダヴィアの国境をより正確にした。かつてのブルガリア帝国の中心でオスマンの統治下で衰退したTirnovoはブルガリアの抵抗運動の温床となった。Kyustendil/Kostendilはオスマンのサンジャクの中心であり、採鉱地でもあった。
  • トラキアとマケドニアにも新たなプロヴィンスがある。Edirneは新たなプロヴィンスGelibolu/Gallipoliができて海へのアクセスを失った。Edirneのまた別の一部にはGumulcineプロヴィンスが追加された。Selanikはテッサロニキ周辺に限られるようになり、外側にはSirozプロヴィンスが追加された。
  • ギリシャでは新国家Epirusが首都を新プロヴィンスArtaに置き、これはヴェネツィアの属国Corfuの統治者を表現したTocco朝によって統治されている。Corfuは1444年には存在しないが、島に対するコアは残っている。EpirusはCephaloniaを支配しており、これはCorfuプロヴィンスから分かれてEpirusがワインを生産できるようにする。
  • ビザンツはゲームスタート時にCorinth周辺のプロヴィンスを支配するようになった。
  • エーゲ海ではLesbosがScioから分離した。LesbosはBigaと海峡でつながり、ScioはSuglaとつながる。

オーストリア

  • オーストリアはゲームスタート時点で3つに分割されており、領土を統一する必要があるということに気づく人がいるかもしれないが、チームとしてはこうしないことを選んだ。理由は単純で、大陸ヨーロッパを面白く困難なゲームにするためであり、それには強いオーストリアが必要だ。オーストリアはゲーム序盤には既に攻撃されやすい超大国のひとつであるため、直接統治する領土を2/3にして初期状態を大きく弱体化してしまうと、単純によりよいゲーム体験にならない。
  • オーストリアの初期の開発度はいいものと感じていたが、プロヴィンス密度は充分ではなかった。そこで、既存プロヴィンスから開発度を分割することで新たなプロヴィンスを追加した。
  • 既にお見せしたように、TirolはInntalとEtschtalに分かれ、South TirolはTrentとなって独立国となった。またTirolとVenetiaの間に通行不能の山脈を追加した。
  • 東ではKärntenをOberkärnten/VillachとUnterkärnten/Klagenfurtに分けた。
  • 北ではLinz(現在はOberenns)を大幅に再整形して隙間にTraungau(鉄工の町Steyrが首都)を追加した。
  • Wienも分割されて西にWienerwald/Sankt Pöltenが追加された。
  • さらに、南部にはSlovene文化を追加した。これはGörz、Krain、Celjeに存在する。Celjeは新たな国家であるCounts of Cilliに支配されている。

バルカン半島西部

  • 小さなことから始めるが、アドリア海周辺のヴェネツィアの領土はよりよく定義づけされ、DalmatiaプロヴィンスはZaraとSpalatoに分割された。またZetaからはCattaroが分離した。アルバニアは2つ目のプロヴィンスKrüjeを得た。
  • この地域への大きな追加はHerzegovinaの導入だ。1444年時点では比較的新しい国家で、大半は1435年にこの土地を相続したStjepan Vukčićによって建国された。Stjepanは非常に野心的な貴族でKingdom of Bosniaの一部をDuchy of Saint Savaという事実上独立した領地として持っていた。Stjepanは独立統治に才覚があったが、彼の息子は抜け目ない人間ではなく、1483年にこの領地はオスマン帝国の進軍で征服された。しかしStjepanの称号hercegはオスマン統治下でも残り、最終的にHerzegovinaという名称になった。この名称は現代のものだが、わかりやすさの観点からゲーム中でもこの名称を使う。
  • クロアチアがマップに存在することに気づいたかもしれない。クロアチアはハンガリーとの同君連合下でスタートし、ハンガリーの運次第で同君連合を解消するか、統合することになるだろう。クロアチアとスラヴォニアの統治は1444年には分かれていたが、この二者はクロアチア人兄弟によって統治されており、この2つの称号は1476年にひとつのBanateに統合された。ハンガリーの外交枠を食い尽くさないように、そして属国をもう少し強力にするために、ゲーム中ではクロアチアは少し早く統合されている。

来週はこの地域(オーストリアやバルカン半島)のミッションツリーについて。

次回:開発日記2019年6月25日

スポンサーリンク

コメント

タイトルとURLをコピーしました