「Crusader Kings II」プレイリポート:ブリタニア帝国建国記 第17回

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「Crusader Kings II」プレイリポート:ブリタニア帝国建国記 第17回は、Brwyn2世の長男Godwyn3世の治世です。

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2015/11/5 カテゴリーを変更。

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国内問題の解決

Oxford伯爵領

1032年7月、宰相がOxfordの請求権を捏造してきたので、Oxfordを領有するWestmorland伯爵SulienにOxford伯爵位の剥奪を通告します。

さすがに一伯爵が王には敵わないと思ったのか、Sulienは要求を飲んでOxfordの引き渡しに同意しました。

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新たにOxford伯爵に封じたのは、末の弟Siwauna。まだ10歳ですが、問題はないでしょう。

これで、現状で問題を抱えた既存の公爵領はDeheubarth公爵領だけになりました。早くDeheubarth公爵領の問題を片付けて、Rheged公爵が勝手に切り取ってきたNorthumberlandに注力したいところです。

Gwent伯爵領

1033年7月、宰相が今度はGwentの請求権捏造に成功。領有しているSurrey伯爵Cydiforに剥奪を通告、こちらもおとなしく差し出してくれます。

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Gwent伯爵に任じたのは、いとこであるDyddguの一人息子Cwrig。

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これで一番北のNorthumberland公爵領以外は、国王>公爵>伯爵と、綺麗な階層構造ができました(Surreyはこの後Kent公爵配下にしました)。Northumberland公爵領はRheged公爵が全土をおさえていますので、ひとつずつ取り上げていきます。

Northumberland公爵領の整理が終われば、Lloegyr(イングランド)全土を完全に支配できたことになります。そうなれば、次はさらに北、スコットランドの征服にとりかかりましょう。かの地には、デンマークからやってきてピクト人たちを追い出したNorse人たちが蟠踞しています。

Northumberland公爵領

Cumberland伯爵領

1034年1月、宰相が優秀(外交能力なんと22!)なせいか、半年で次なる請求権を捏造してきました。請求権を獲得したのはNorthumberland公爵領内のCumberland。さっそく取り上げるべく動きます。

Cumberland伯爵をまず直臣とする旨、Rheged公爵に通告。Rheged公爵はこれを受諾。次にCumberland伯爵に対して領地の召し上げを通告、これも受諾。

というわけで、無事にCumberlandを取り上げることができました。

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Cumberland伯爵には、大叔父の孫にして元帥であるSeferusを選びました。もう30を超えているのに子供がいないのが気がかりです。後継者もDorset伯爵となっていますし、無事に子供が生まれて継承していってくれればいいのですが……。

Northumberland伯爵領

1035年4月、フランク人の名宰相Haldemarは、Northumberlandの請求権を捏造。いつも通りの手順で取り上げます。Cumberlandのときと同様、Rheged公爵、Northumberland伯爵はGodwyn3世からの請求を受け入れ、Northumberlandを引き渡しました。

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Northumberland伯爵には、三男Ivorを封じます。長男の予備として次男を手元に置いておきたい(封建的な考え方ですね……)ため、三男から領地を与えていきます。

3年後の1038年11月には、スコットランド王の配下からNorthumberland公爵位を剥奪、Ivorに与えています。

Durham伯爵領

1042年2月、宰相となっていた王太子Gwriadが最後の1州であるDurhamの請求権捏造に成功します。いつも通りの方法でDurhamを領有していたRheged公爵から召し上げますが、Durham領内のGateshead男爵領も領有していたため、こちらも召し上げを通告したところ、Rheged公爵は反乱を起こしました。

同年5月、反乱を鎮圧し、Gateshead男爵領を召し上げます。

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新たなDurham伯爵には、いとこのNestaの婿となったNorthampton伯爵の庶子Alwynを封じます。

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これで、Lloegyr全土の平定が完了。最終目標であるBritannia帝国領の55%を制圧したことになります。この後はスコットランドを制圧してブリテン島を統一し、続いてアイルランド島の平定にとりかかる予定です。

しかし、55%の制圧に17回かかっているということは、このAARが完結するのはいったいいつになるのでしょう……。三十数回?

とにかく、ブリテン島制圧まではあまり遠くはありません。頑張っていきましょう!

第4回十字軍

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1035年12月、教皇Sisinnius3世はフランスに対する十字軍を発動。というのも……

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現在のフランス王Thiebautがロラード派に帰依しているからのようです。

異端討伐の十字軍というわけですが、イベリア半島のほぼ全土がイスラム教に制圧され、聖地Santiagoも異教徒の手に落ちているというのに、さらには東からスラブ人の異教徒たちが迫っているというのに、内紛をやっている暇があるのでしょうか……。

そんな心配をよそに、配下の公爵たちは次々とフランスに軍を送り込んでいきました。

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そのおかげでしょう、1041年9月、教皇Sisinnius3世は第4回十字軍の完遂を宣言。

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北フランスは、フランス西部Toursの一司教にすぎなかったChinon司教Amauryが総取り。これから北フランスはどうなっていくのでしょうか……。

家族の死

王太子Brwyn

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1038年3月、王太子Brwynが死亡しました。王太子の座は、次男Gwriadに移ります。

正直なところ、助かりました。さすがに"近親交配"持ちに王位を継がせるのはまずかったでしょう。

王妃Ornat

1039年5月、王妃Ornatが病死。Godwyn3世はまだ35歳ですから、後妻を娶ります。

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選んだのは、Salford男爵(Lancaster)の妹Ffraid。若さと管理能力が決め手です。

ここ最近、一族の嫁選びの際には、

  1. ケルト顔であること
  2. 若いこと(最高でも30歳まで)
  3. 管理能力が8以上あること
  4. "好色"と"自分勝手(Arbitrary)"を持っていない

という条件で選んでいます。条件1と4は私の好みですが、若さは跡継ぎができるかに関して重要ですし、管理能力は8以上あると支配できるプロヴィンスが1つ増えます。

異端の勃興

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1051年12月、Wiltshireにてワルドー派(Waldensian)が興ります。Wiltshireはおよそ100年前にもロラード派という異端が興った土地。住民を異端に駆り立てるなにかがあるのかもしれません。

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1052年10月、Wiltshireのワルドー派が蜂起。しかしBrythoniad軍の敵ではありません。蜂起した軍勢を鎧袖一触に粉砕して反乱を鎮圧。首謀者を処刑しました。

3年後の1055年7月、宮廷司祭がWiltshireの改宗を完了させ、Wiltshireのワルドー派運動は終息に向かいます。

王太子Gwriadの死

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1057年5月、将来を嘱望された王太子Gwriadが不審な死を遂げます。まだ33歳でした。王位継承者の地位は、Gwriadの長男Godwynに移ります。

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王太孫となったGodwynは、現在13歳。父は抜群の外交能力を誇った一点集中型でしたが、Godwynはまんべんなく優秀なオールラウンダーのようです。不幸はありましたが、Brythoniad王国の将来は揺るぎません。


というところで、今回はここまで。次回もBrwyn2世の長男Godwyn3世の治世です。

次回:ブリタニア帝国建国記 第18回