「クフャトコフスキ支隊の軌跡」第13回は1940年4月、ノルウェー(ナルヴィク)の戦い。
ドイツ軍とソ連軍に挟撃されて再び地図から姿を消した祖国を取り戻すべく、北欧のフィヨルドでも戦い続けます。
アイキャッチは、第二次大戦中のナルヴィク。
2015/8/29 第14回へのリンクを追加。
第13戦 1940年4月 ノルウェー
ルヴフでの防衛戦に勝利し、ソ連軍を撃退したクフャトコフスキ支隊でしたが、その勝利も一時的なものにすぎませんでした。
やがてドイツ軍が撤退してソ連軍のみに包囲されると、防衛司令官シコルスキ少将は降伏を決断します。これを聞いたクフャトコフスキ中佐は、ルブリン軍の降伏のときと同様にこれを拒否。膨大な損害を出しながらも、ソ連軍の虚を突いて包囲網を突破します。
クフャトコフスキ支隊は長きにわたって支隊の守護神となっていた7TP軽戦車を破棄し、ソ連軍兵士の死体から集めたソ連軍の軍服を身にまとって部隊まるごと扮装し、さらに南東のルーマニア国境を目指しました。
途中、既にルーマニア国境はソ連軍によって封鎖されていることを知り、クフャトコフスキ中佐は部隊を南西のハンガリー国境に向かわせます。カルパチア山脈を越え、ハンガリー国境を越えたときには、部隊はおよそ半分になっていました。
長い長い逃避行の末たどり着いたハンガリーでは、ドイツやソ連との関係悪化を恐れるハンガリー政府の意向によってあまり歓迎はされませんでした。クフャトコフスキ中佐は速やかに国外に退去することを条件にハンガリー国内の通過許可を受け、休む間もなく1939年10月中にフランスへ出国します。
フランスでは、ルーマニアで拘束されたポーランド政府首脳から、パリ在住の政治家ラチュキェヴィチが大統領に指名され、ラチュキェヴィチ大統領はフランスに亡命していた軍人のヴワディスワフ・シコルスキを首相に任命して亡命政府が成立していました。
亡命政府はフランスに対して軍事的援助を要請し、戦地を脱出してきた将兵を集めて失われたポーランド軍を再興しようとしていました。このとき既にドイツと戦争状態に入っていたフランスは援助実施を先延ばしにしますが、年が明けた1940年2月、フランスの援助のもとでポーランド独立高地旅団が編成されます。
ポーランド戦争の激戦地をくぐり抜けてきた精鋭たるクフャトコフスキ支隊もこの旅団に組み込まれ、同年4月、ドイツによるノルウェー侵攻に対処すべく、フランス第1猟騎兵旅団とともにナルヴィクの北西にあるハーシュタに上陸。ナルヴィクへの入り口・オフォートフィヨルドをめぐる戦いが幕を開けました。
手持ち戦力
- A0 支隊司令部――クフャトコフスキ中佐
- B0 歩兵中隊司令部――ライェウスキ大尉
- B1 工兵分隊――ボチェク四等伍長
- C0 第1小隊第1分隊――マスロフスキ中尉
- C1 第1小隊第2分隊――ステファンスキ四等伍長
- C2 第1小隊第3分隊――ウィトコフスキ四等伍長
- D0 第2小隊第1分隊――ポプロスキ中尉
- D1 第2小隊第2分隊――レヴァンドスキ四等伍長
- D2 第2小隊第3分隊――ドゥダク四等伍長
- E0 第3小隊第1分隊――スジマンスキ中尉
- E1 第3小隊第2分隊――チャルネッキ四等伍長
- E2 第3小隊第3分隊――ドロブヌィ四等伍長
- F0 狙撃手――ソビエライスキ少尉
- G0 狙撃手――ヨズウィアク少尉
- H0 81mm迫撃砲班――クビアク少尉
- I0 前進観測班――カチマレク中尉
- J0 ルノーR-35軽戦車――スチャルスキ少尉
- K0 ルノーR-35軽戦車――ピエトルザク少尉
- L0 司令部付APC――コワルスキ少尉
- O0 弾薬運搬車――コワルチク中尉
- O1 弾薬運搬車――レジンスキ四等伍長
今回はフランスで装備の供与と再訓練を受けた設定なので、司令部と弾薬運搬車以外のすべての部隊の装備を交換しています。本当を言うと司令部も交換したかったのですが、交換する画面に司令部がないためそのままに(武装がポーランド時代のままで変ですが……)。
変更により、歩兵中隊の小隊長にも無線が当たりました。これで抑圧の回復もだいぶマシになるはずです。その反面、歩兵分隊は19名というものすごい兵員ではなく10名に半減。言うなれば「少数精鋭」化しました。
また、2両合わせて69両もの戦車を撃破した7TP軽戦車は、フランスから供与されるR-35軽戦車に交換。装甲は倍の厚さになりましたが、砲の貫徹力は少し下がりました。この先もうまくタンクバスターとして活躍できればいいのですが……。
さて、今回は遅滞戦のため、敵戦力は2倍。前回が「決定的勝利」だったので、敵戦力比率は130%に上昇。結果として260%の敵と戦うことになります。
ターン数は12ターンに設定。遅滞戦なので、ターン数が短いのは有利です。
作戦
いつものように、川を防衛戦として部隊を配置。今回のマップは異常なまでに高低差があり、灰色の細い線を引いたところから右側は高地になっています。同じように川の向かい側にも高地があります。
どう守ったものか、難しいところです。
1~2ターン目
2ターン目で早くも北の道路に敵の3号戦車が出現。しかしR-35の砲では貫徹力が足らず撃破できていません。
他の戦線は動きがありませんが、中央部に敵砲兵が煙幕を展開しています。
3~4ターン目
南の方は相変わらず動きがありません。
一方、北の道路には戦車が続々と現れ、7両の3号戦車を確認。近づいてきた1両は撃破できましたが、その他の6両に対しては射撃してもドアノッカー状態。
そして、道路の北には敵歩兵も出現。敵の攻勢主力は北の道路のようです。
5~6ターン目
北の道路を守る部隊に敵砲兵の猛烈な砲撃が降り注ぎ、また敵戦車を追加で2両しか撃破できず、戦車の圧力も受けているため、若干押され気味。北のスナイパーは敵歩兵に銃撃したところ、一斉に反撃を食らったため射撃せずに敵を視界に収めるだけに留めておきます。
さらに敵航空機によって戦車や防衛線の歩兵に機銃掃射を浴びます。航空機は厄介ですね。
また、敵砲兵の位置が1つ判明しましたが、対砲兵射撃をやる余裕がありません。
7~8ターン目
交差点にある木造の建物にいた歩兵分隊が大損害を受けて退却。これは致し方なし。
敵戦車4両がこちらの戦車から射線の通らない橋の上にいるのですが、近い歩兵は川むこうの歩兵の撃退で忙しく、戦車が交差点に進入すれば一斉に射撃されることはわかりきっているので、手詰まり状態です。
一方で、向かいの高台にいる敵歩兵にはこちらの砲撃が決まり進軍が止まります。砲撃が終わっても同じヘックスへの砲撃は待ち時間0.1で再度砲撃できる(恥ずかしながらここで初めて気づきました)ようなので、再度砲撃。完全に敵歩兵をこれで潰走させたいところです。
9~10ターン目
交差点を通らずに敵戦車が東側に道をそれて侵入してきたため、この2両を撃破。戦車は残り1両。おそらくまだ交差点近くにいるはずです。
道路の北の歩兵は砲撃で一旦おとなしくなりましたが、今度は道路の南に敵歩兵が出現。位置的に射線が通るのは1個分隊しかなく、厳しい戦いを強いられています。
南の防衛線を薄くして歩兵をジリジリと北上させているのですが、高低差と敵の砲撃によってなかなか戦闘に参加させることができていません。
戦闘終了
12ターンで戦闘終了。終わってみれば「決定的勝利」。
やっぱり南側にはまったく敵が配置されていなかったようです。敵の1/3程度の戦力でよく支えられたもんです。今回は敵の砲撃が激しかった上に戦闘爆撃機の攻撃もあり、支隊司令部も狙われたため、かなりヒヤヒヤしました。
今回からマップの高低差が激しくなり、また装備変更で歩兵戦力も人数としては半減したため、非常に脆弱になった印象です。分隊に19名いた頃は7,8人やられてもまだ充分戦えましたが、今ではもう前線には出せません。
それからもうひとつ大きいのが、ほぼ唯一と言っていい対戦車戦力である戦車砲が弱体化したというのがかなりキツイ。相当接近して、いい角度で命中しないと敵戦車を撃破できません。
この先がかなり心配です……。
ところで、アルファベットの単語と日本語が入り混じると読みにくく感じるので、本記事から今までアルファベット表記のままにしていた固有名詞をカタカナに直しています。私はポーランド語がまったくわからないので、調べられる範囲で調べてはいますが、おかしなところや「前のほうがよかった」等々ありましたらコメントいただけると幸いです。
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